思い込みという言葉がいい意味でつかわれることはありません。文章を読むときも、思い込みをもって読んでしまうと、見当違いの読み方をすることになってしまいます。
中学三年生のRくんと国語の問題を解いているときでした。それは本文のある箇所の意味を説明しなさい、という問題でした。Rくんの解答には、「邪魔なもの」という言葉がつかわれていました。
「うーん、ここで「邪魔」という言葉をつかうのはどうかなあ?筆者はここで否定するようなことを言っているんじゃないよね?肯定してるよね?それはいいことだと思ってるんだよね?それなのに、「邪魔」という言葉をつかってしまうと、合わないよね?」私はRくんに言いました。
「もういちど書き直しみよう!」私の言葉にRくんはうなずいて、もういちど書き直してくれました。
ところが、書き直した解答を読んでみると、今度は「いらないもの」という言葉が入っていました。「
邪魔なもの」と「いらないもの」はほとんど同じ意味の言葉です。Rくんの解答の内容は書き直してもあんまり変わらなかったのです。
「これはもしかしたら、Rくんの価値観が入ってしまっているのかもしれないね。「邪魔なもの」という言葉も「いらないもの」という言葉も、たしかに本文には出てくるけど、Rくんの価値観がそればっかりを拾ってきてしまっているのかもしれないね。Rくんの「それは邪魔なもの、いらないもの」っていう思い込みが反映しちゃってるのかもしれないよ。」私の指摘に、Rくんは少しとまどったようでした。
このようなことはときどきあります。以前も別の生徒が、どうしても最初に考えた解答から離れることができずに、何度説明しても内容を正しく理解できなかったことがあります。いちど「そうだ!」と思い込んだら、それを捨てることができなくなってしまうのです。文章を読むとき、国語の問題に解答するとき、思い込みははずさなければなりません。
もっともそうは言うものの、その気持ちはわからないでもありません。実は私も、思い込みがはずせなくて、悪戦苦闘したことがあるのです。今でもその思い込みを完全にはずせたとは言えないかもしれません。
あるとき私はなぜか歌が歌いたくなって、ボーカルレッスンに通うことにしました。歌を正式に習うのは初めてだし、もともと歌うことが得意だったわけでもありません。でも、気持ちよく声を出すことができたらどんなに楽しいだろうと思って、一念発起したのです。
ですが、実際に歌ってみると、声が出ない!!こわれちゃったクラリネットではありませんが、ラより上の音がどうしても出ない!声を出そうと思えば思うほど、のどが絞まって、絞め殺されそうになっているにわとりのかすれた悲鳴みたいになってしまうのです。
「先生、どうしたら声が出ますか?」私は歌の先生にすがるような思いで聞きました。「声は出ます。」「…?私の場合、全然出ませんけど?」「それは思い込みです。」先生はあっさりおっしゃいました。「声は出ないと思い込んでるから出ないんです。もっとも大人の場合、その思い込みをはずすのが一番むずかしいんですけどね。」
思い込みをはずす。これは本当にむずかしいことです。私はその後、10か月くらいボーカルレッスンに通いましたが、ついに声は出ませんでした。
声の例でもわかるように、思い込みはあらゆる可能性を閉ざしてしまいます。本を読むときには読みの可能性を狭めてしまうばかりか、まちがった読みをしてしまうこともあります。むずかしいことではありますが、思い込みからは自由にならなければなりません。
ボーカルレッスンを受けてから2年以上がたちます。歌うことをあきらめたわけではないので、ときどき私は一人で歌ってみます。声は、まったく出ないということもなくなりました。気分がいいとき、心の底から「出る」と思っているときに、声は出ます。反対に、「出ないんじゃないかな?」と、ちょっとでも疑ったりすると、とたんに出なくなります。本当に不思議なものです。
思い込みは言葉とともにあります。私の場合、「声は出ない」でした。声を出したいと思ったら、その言葉を、「声は出る」に変えてあげればよいのではないでしょうか。そしてその言葉を心底信じる。それができたときに、声は出るのです。
本当はできるのに、できないと思い込んでいることはまだまだたくさんありそうです。どんどん思い込みをはずして、いろいろなことにチャレンジしていきたいものです。
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