2018年3月4日日曜日

子どもの葛藤、もう一人の自分

 小学2年生のHくんが、「もう一人の自分」という題名の作文を書きました。

 Hくんが映画を観ていたときのことです。館内で赤ちゃんが泣きだし、「うるさいからやめてくれ」と思う自分が出てきたそうです。でも、映画が終わってしばらくしたら、「まあ、赤ちゃんだから許そう」というもう一人の自分が出てきたのだそうです。Hくんは、「ぼくは、かならず人は二人以上いるものだとわかりました。」と書いています。

 Hくんとよく話してみると、実はHくんの中には、二人どころか、ときには三十人くらいのHくんがいることがあるそうなのです。

 どんなときに三十人のHくんが現れるかというと、学校や家で、先生や親などの大人に、「こうしましょう」と指示されたときのようです。「こうしましょう」と言われると、「え、今?」、「やらないといけないのかな?」、「どうしてやらないといけないの?」、「やったほうがいいのかな?」、「めんどうだな」、「怒られたくないな」、「よし、やろう!」などと、三十人のHくんたちは、際限のない議論をするのだそうです。

 では、どんなときにHくんは一人でいられるのかと聞いてみました。すると、サッカーやボルダリングなど、自分が好きなことをしようと思ってするとき、という答えが返ってきました。

 「ぼくは、もう一人の自分にでてきてほしくありません。なぜならまよいたくないからです。でもまようからでてくるのですよね。」とHくんの作文は結ばれています。子どもといえども、葛藤と無縁ではありません。

 私は、葛藤自体は悪いことではないと思っています。葛藤とは、自分自身との対話であり、そうして自分と対話をかさねることによって、自分の考えをまとめていくことができるからです。自分自身との対話を通して、自分が本当に望んでいることや、自分が今すべきことがだんだんはっきりしていきます。自分との対話はおおいにしたほうがよいのです。

 問題は、何十人ものHくんが出てきてしまうときというのが、大人からの指示をうけたとき、ということです。やはり、私が「こうしてね。」と言っても、葛藤する子どもはいるということです。そして中には、指示通りにしてくれない子どももいるわけです。

 大人は基本的に、指示をするのはその子のためになるからだと信じています。ですから、「そうしなさい。」と指示します。ですが、指示というのはあくまでもその子の外側からくるものだから、子どもにとっては、その外側のものに無理にでも自分を合わせないといけないということになります。そこで子どもは葛藤するわけです。

 指示の内容にはもちろんいろいろありますが、もし、その内容が、その子がよりよく生きていくうえで大事なことであった場合、指示は決して命令になってはいけないのではないかと思います。自分の外側から来た命令に従わなければいけないと考えたら、いくらよいことであったとしても、抵抗したくなる気持ちがわいてくることもあるでしょう。

 それでは、「よいこと」をしてもらうためにはどうしたらよいのでしょう。それには結局、気づいてもらうしかないのではないでしょうか。それが「よいこと」であることをなんらかの仕方で伝え、気づいてもらう、その作業をくり返すしかないように思います。

 「よいこと」の重要性に気づいた子どもは、主体的にその「よいこと」に取り組みます。子どもが主体的に物事に取り組むようになれば、大人は楽になります。そのときどきに、「よいこと」の提案をするだけですむからです。

 残念ながら、子どもの中には、大人に何か言われたら、とにかくその場をやり過ごせばよいと考え、内容の重要性を理解しないまま、指示されたことをいいかげんにやるという癖がついている子もいます。そのような子は、大人からの叱責を避けるために、うわべをとりつくろったり、嘘をつくことさえあります。また、相手を見て態度を変えたりすることもあります。ですが、そんなことをするのは、もともとはその子の責任ではないのではないかとも思います。そのような子は、もしかすると、周囲の大人から指示され続けてうんざりし、自分の身を守るためにそのような処世術を編み出したのかもしれないのです。

 気づいてもらうために、具体的にどのようなことをしていけばよいのかということは、その都度、その子どもごとに考えるしかないでしょう。いずれにしても、大人は、なるべく外側から指示するだけにとどまらず、その「よいこと」がどうしてよいのか(前提として、その「よいこと」は、その子にとって、本当に「よいこと」でなければなりませんが)を子どもに理解してもらう努力を続け、いずれ子どもが主体的に「よいこと」をしてくれるように導く必要があるでしょう。そうすれば、子どもの頭の中で、三十人の議論が行われることもなくなるのではないかと思うのです。

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